本誌の名「文莫」の文字は、これを鈴木朖の筆なる扁額からとって、縦に置きかえたものである。この語は、『論語』述而篇の、「文莫吾猶人也」とある句中の「文莫」の二字を連語として解したことによるもので、その意味は、朖の著『論語参解』によれば、「黽勉ト同音ニテ、同シ詞ナリ、学問脩行ニ出精スル事也」という。あるいは彼の座右の銘ではなかったかと思われる。
目次
一、鈴木朖の「てにをは」観・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山口 明穂
二、鈴木朖の数詞研究と副詞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・趙 菁
─『言語四種論』の「体ノ詞」と「テニヲハ」をめぐって─
三、吉武春峰書写本『御国詞活用抄』・・・・・・・・・・・・・・・・渡辺 英二
筆者は一九七七年六月六日の鈴木朖学会に於いて、「鈴木朖の言語観」という題目で発表し、その際、鈴木朖の説いた、「てにをは」を「心の声」とする考えが漢籍に由来するのではないかという私見を述べた。
本稿の趣旨は、先ず第一は、鈴木朖の「てにをは」を「心の声」とする考えが、漢学に由来するものであるということである。漢学では言葉を「心の声」とする考えがあり、鈴木朖もそれを認識の中に置いていたということである。第二は、日本語は漢字だけでは言葉とならず、その表す内容に「てにをは」が付いて始めて言葉となったと朖は考えていたということである。そして第三は、それであるから、日本語を言葉として成り立たせるものが「てにをは」であり、そこから「てにをは」を「心の声」としたということである。鈴木朖の「てにをは」に関しては、時枝誠記先生の説が非常に有名であるが、本稿は、その説とは異なる内容を持つ。
鈴木朖の「てにをは」観
鈴木朖はすべての語を四種に分けた。四種の最初の「体ノ詞」の説明箇所で朖は、
体ノ詞ヲ二ツニ別クレバ、形アル物ト形ナキ物トノ違ヒアレド、総テ物ニテモ事ニテモ、形状ニテモ理ニテモ、何ニテモ、一方ニ定メテ指シ呼ブ名目ノ詞ハ皆是ナリ (『鈴木朖』刊本 330ページ)
と「体ノ詞」を、形のある物と形のない物という区別はあるが、物事を総称するときの言葉と定義した。この中には物の名称だけでなく、物の形、動きのことまでも含まれる。「体ノ詞」が当てはまるものとして「体ノ詞」自体の他に、「用ノ詞」(「形状ノ詞」「作用ノ詞」)もある。これは朖の言語構成論「総ての語が「体ノ詞」と「テニヲハ」からできたもの」の最初のものになると思われる。
鈴木朖の数詞研究と副詞
吉武春峰書写本『御国詞活用抄』
吉武春峰書写本『御国詞活用抄』 影印